2017年 10月 03日 ( 2 )

未熟者・・・

Choan Sramへの道、恐るべし。

甘く見てました。
Srayang村付近の道は、舗装はされていなくても、
つきしめた赤土の道になっているだろうと思っていた。
北東にあるKulen村までは,アスファルトの道で快適。

(シェムリアップ〜改名Preah Vihear(旧Tbaeng Mean Chey)〜Stoung Treng〜
ラタナキリ間では完全舗装されている)

Kulen村から南東の道も
Googleストリュートビューで見られる様な、赤土だけれど快適な道路だ。
(一体、誰が行くんじゃい!!(笑)

(Phnom Tbaengの西側、Pr.Khna Sen Kev「など」に行く道。
ずぅっとずぅっと行って、少し南西に曲がって行くとTa Sen、Preah Khan K.S.)

きっと、Prey Vengへの道もそこそこ普通に行けるだろうと読んだ。
前回行った時は、コーケー遺跡の北側を北上。
悪路だったとは思うが(多分砂道)、殆ど記憶にない。
今回はKulen村から行こうと思った。
モトによるとコーケーからの道はとても酷いようだ。
で、Kulen村から行くことになるが、
断れよ〜〜〜〜〜!!
タック・チュランって!
(水、たくさん)(笑

Kulen村のはずれからそれは始まり、Prey Veng村の100m位手前まで、
川道は延々と続くのである。
たまたま通りかかった母子4人が、同行案内人となったので、
迷うことなく,それが幸か不幸か(笑
f0157870_21505235.jpg
いや,幸いなんだけど、途中考えた。
帰りも同じ道だよねぇ・・・。
びしょびしょ・どろどろの往復だった。

母子4人は、常に我々のことを気にかけ、
何度もバイクを止めて待ってくれた。
Prei Veng村に着いても、案内してくれそうな村人との話がつくのを
確認してから去って行った。
本当にありがとうございます。
彼女たちがいなければ早々に、モトもあたしも断念していただろう。

考えてみれば、生活している人々にとっては、
毎年、日々、繰り返される日常なのだ。
f0157870_21511192.jpg
f0157870_21510381.jpg

これは川では有りません。
「道」です


Srayang村に戻ってきたのは日も落ちた6時40分。
村は殆どの店は閉まり真っ暗。
なんかこの前とは違い,店じまいが早すぎる。

後で気がついた。9月にはプッチュバン・トーイがあるってことに。
以前,わんわんさんに教えてもらった。
多分そうだろう。バンやバスの運賃が上がっていたし、
この週はずっとそうで、週明けからは元の運賃に戻っていた。
プノンペン〜シェムリアップ通常6ドル(24000R)
f0157870_15365082.jpg
プッチュバン時、プノンペン〜シェムリアップ=7.5ドル(30000R)
今回の旅で、靴3回洗って乾かした。
一晩で乾かす秘策がある。
サンダルを履くという選択肢も有るのかもしれないが、
擦り傷だらけになるので却下。


________________________________


[PR]
by Angkor_K | 2017-10-03 23:01 | ひとりごと

旅の終わりは・・・。

旅の最終地は東京だった。
帰国して大阪で1泊、東京で2泊。
10月2日、自宅に帰って1夜が明けた。

昨日は,のぞみで大阪に着いたのが5時38分。
東京からわずか2時間28分!!
今回の旅が終わると思うと、なんだか凄い摩擦が発生して、
帰るのがもったいなくなり,新大阪構内をぶらぶらする。
あぁ、ずいぶんというより全く違う新大阪になっている。
旅の終わりを惜しむように,雨がしとしと降っていた。

洗濯は済んでいるので、荷物の整理をしなくては。

シェムリアップで買った本と地図、重かった(笑
EFEOで撮った写真は重くはないので楽勝だが
バッテリーがなくなり、緊急処置。

「ゴーゴーインド30年 旅の記憶」
旅行人の回顧展で買った本や色々。
蔵前編集長、小川京子さんとお話が出来て最高!!
夢と現の2日半だった。
あの空間にずうっと浸っていたかった。
そんな訳にもいかないので、次のギャラリーが来たら
発とうと決め、来たので、挨拶をして現実の世界へと(大袈裟やな)。





_______________________________________




[PR]
by Angkor_K | 2017-10-03 09:37 |